子どもの遊びの中には地域や大人の生活が反映されたものがあります。沖縄の“セーガー編み”はそれが表れた草編み玩具の1つです。“セーガー編み”を使って、幼い頃に実際に遊んだ経験者とやっと出会うことができました。

かつて竹細工が盛んだったこの地域で育った方に、「セーガー編み」で子どもの頃に楽しく遊んだ“草編み玩具(サラグヮー)”を作ってもらい、ずっと埋もれていた「沖縄の子ども遊び」に触れた喜びで今日は大いに興奮しています。

麦わら細工では表現しにくい“子ども遊びの道具”としてのこの玩具は、中学生になる頃には作らなくなる子ども遊びの逸品です。子どもの民俗・子ども文化から見てもワクワクする大発見だと思いますよ。当時の子どもたちが高齢化する中で闇に消える寸前の草編み玩具だったと思います。沖縄でもこれまで気づかれることなくやがて忘れ去られようとしていた“遊びに使える本物の草編み玩具”の1つです。この草編み玩具でもっとも驚いたのはこの玩具に使用されている素材です。竹細工の産地だった地域の子どもが大人のしぐさを尊敬のまなざしで眺める中から、自然素材を巧みに扱い時間を忘れて遊びに夢中になっっていたことがしのばれます。大人が鎌でパキパキ・パッチンと竹を裂くかのように素材を割っていき、作るのです。子どもたちが使う素材は竹ではないのです。玩具づくりで使うのは季節によって身近にあった素材と、第3の脳といわれる指先が作るのですが、現在の60代後半から90代の昔子どもの手には「肥後守(ひごのかみ)」が当然のごとくありましたから、この両刃のナイフが存在感を高めていたのかもしれませんね。

もちろん「手遊び 草編み玩具(第3巻)」でその制作過程を含めた民俗的話題を紹介させていただきます。ばんざーい。<H25.1.12>

子どもの頃にこのような草編み玩具を使った遊びが日常的に当然のごとくに遊んだ話をお聞かせいただきました。 “どこでも作っていたんじゃないの” “こんなものを調べてどうするの、あんたも面白い人だね”等と言いながら瞬く間に完成です。“でも、自分たちはセーガーとはいわなかったよ・・・” “いいよ、これもっていきなさい”。等々、会話の端々から地域で竹細工が盛んだった懐かしいあの頃の子どもの遊びを語ってくれました。手づくりの草編み玩具を遊びで楽しんでいた探し求めていた方にやっとお会いすることができたのです。帰りの車内で一人、鼻歌を歌っていました。そして、帰宅後は妻に今日の出会いを口早に話しました。

満ち溢れる喜びに包まれた一日でした。ありがとうございました。感謝!感謝!感謝!<H25.1.13>

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↑イグサで真似て作ってみました(沖縄草玩具館) ↑作ってもらった玩具(サラグヮ-)です。

子どもの遊びには季節ごとの素材選びが重要だと実感します。イグサや藁で作ると、形は作れても目的とする用途に適しません。玩具は子供にとってちゃんと使い道があるものなのですね。

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↑トゥスイワラビが玩具に野草を盛り付けて遊んでみました。

※<トゥスイワラビ=沖縄口(ウチナーグチ)で“童心に還った老人”の意味です>

イグサや藁で作ったのでは子どもにこんな遊びはできませんね。

※素材はなんでしょうね。「セーガー編み」は素材がユニークであることと、幼い頃にこの草編みを使って遊んだ現地の方々が現在でもご健在で、お話が聞けることです。沖縄の優しい風が心地よいですね。

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